赤一色

櫻井翔くんに思いを馳せるブログです。ときどきジャニーズファン向けのライフハックなるものも投稿しています。

TVガイドPERSON vol.43を買ってしまった翔くんファンによる感想

TVガイド PERSON VOL.43

3/9発売のこの雑誌を思わず買ってしまいました。

900円と若干高いような気もしますが、値段以上の内容です。

私は普段インタビューで買うかどうかを決めるのですが、インタビューはもちろん、写真の質が高くて、すぐに売り切れてしまうお店も出てきそうです。

写真集のような雑誌。

そんなわけで、ここからは私の感想もあわせてお話していきます。

 

特集 松本潤、大人の男を演じる

この会話では、潤くんが芝居というものとどう向き合っているのか、ということが現れているように思います。

私は、潤くんがドラマに出る、映画に出ると聞くと、とても楽しみです。

コンサートの演出がどういうものになったのかを知るのが楽しい、と似ている部分があります。

潤くんの出ている雑誌をなにが基準で買うのか、ということを考えたときに、私は潤くんが見せる世界が好き。だから演出の話とか、仕事をどう考えているのかということが話されている雑誌を選ぶんですよね。

私に限った話ではなくて、好きになった人が見る世界、つくりあげた世界を知りたいという人は多いかと思います。

完成した形で披露されるステージや映像を観ることももちろん好きですが、それ以上になんでその演出にしたのか、どういうことを思ってその行動に出たのかを知ることが好きです。

コンサートDVDとかも本編よりもメイキングのほうを見入ってしまうなんてこともあって、そのことをどう受け止めたらいいのか、いまだにわかっていません。

結果は大事だけど、まずは楽しんで自分たちがやるかどうか。

という話も出てきましたが、嵐を好きになってから、結果ばかりを観ていては楽しくないということを知りました。

視聴率とか興行収入とか、売上やランキング。

実際、ジャニーズや嵐はビジネスなわけだから、数字にこだわるというのは当然のことなんですよね。

でも、ファンはそうじゃなくていいのかな、ということは、ここ3年くらい思っています。

ドラマは視聴率が注目されることが多く、ネットのニュースなんかでも毎週のように視聴率何%、前週比プラスいくつ、なんて話がたくさん出ます。

そういうものって、人気の目安になります。

でも、あくまで「目安」なんですよね。

目安としてどうかということであって、視聴率が低いから全員がつまらないと感じるかというと、そうではないと思います。

CDの売上なんかがわかりやすくて、たくさん売れたから絶対に良い歌ということではないわけで。

好きなものは好きでよくて、周りに流される必要はないということが、私が嵐を好きになって教えてもらった一番大きなことかもしれません。

 

役者・松本潤の ”原点”

新聞の社説のようなものを勝手に感じたのですが、下のほうを見てみたら橋本達典さんという方の名前がありました。

お名前をはじめて知り、どういった方なのかを調べましたら、取材をされている方とのこと。

かねてより嵐のインタビューをされているそうで、ばっちりと私のメモリに記憶しました。

嵐と実際に会って、話をして、仕事をしている。

嵐を肌で感じているともいえる方が見る潤くんを知ることができたように思います。

当然といえばそうなのですが、ファンが見る彼と、ファンじゃない人が見る彼と、仕事を一緒にする人が見る彼は、どれも違うように思います。

ファンが見る彼と、ファンじゃない人が見る彼が、一番差があって。

ファンが見る彼と、仕事を一緒にする人が見る彼は、同じようで違う。

ファンが見るのは新たな一面とか、ファンじゃないと知らないこととかで、

ファンじゃない人が見るのは「嵐」 松本潤

ファンが見るのは嵐という団体に所属をして活動している松本潤

仕事を一緒にする人が見るのは松本潤

ファンは人として好きという部分もあるので、仕事を一緒にする人がどう見ているのかを知りたい。

こういった、潤くんとの対話をしていないときに出る話を聞けたことが、一番この雑誌を買ってよかったことだと思いました。

 

ポスター製作現場密着

続きましても橋本達典さんの文章。

なんだか橋本達典さんの視点が好きになりつつあります。

先の笑顔から一転、すでに完成した深山がそこに。これぞ、松本潤。ふむむ…! 

TVガイドPERSON vol.43 P.19

切り替わる瞬間の描写で「ああ、芸能界に立ち続けている人なんだな」ということが思い浮かびました。

ドラマもジャニーズだから、嵐だからという理由でオファーされることもあるでしょうけど、それ以上のもので返すということをし続けてきたから、いろいろな人から、いろいろな現場に声がかかるのだと思います。

どんなに事務所がすごかったとしても、本人が一緒に仕事をする人に認められなければ、輝き続けることはできないわけで。

嵐というプロジェクトの一番前に立つ5人は、最前線といわれる場所に立ち続けていて、いつも戦っていて、ファンとしては嬉しいことだけれども、たまに心配になります。

輝き続ける彼らの進む道についていくことは、幸せなことですし、「心配になる」なんていうのは贅沢なことなのかもしれない。

でも、もっとゆっくりでもいいんじゃないの? なんて思っている私も、たしかにいます。

チャレンジし続けている彼らのことが好きになった。

でも、チャレンジし続けている彼らじゃないと好きじゃないのか、と聞かれたら、今の私は答えを持ちあわせていない。

その答えを出すというのは難しいことだけれど、その答えを見つけられないと、彼らを取り巻く環境に大きな変化があったら、芯を持ち続けることができるのかどうか、私はわかりません。

きっと、どんな彼らでも嫌いになることなんてできないんでしょうけどね。

 

まとめ

今回初めてTVガイドPERSONを買ったわけですが、できることなら定期購読したいです。

そうはいってもなかなかのお値段なので、しばらくは叶いそうにありません。

写真集のような雑誌なわけですが、よく見てみると「話題のPERSONの素顔に迫るPHOTOマガジン」とありました。

そりゃあ質もいいわけですよね。

一通り書き終えてから気がつきました。

聞きたいお話を聞くことができて、今後も何度も読みそうです。

雑誌の休刊や廃刊が相次ぐこの時代ですが、その流れに負けずにこの先も存在し続けてほしい雑誌です。

これからほかのページも読んできます。

ご購入はお早めに。

AinoArika

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2016/03/06のBAY STORMでニノが歌ったAinoArikaが流れました。

私はニノの加工されていない声が好きで、ニノのソロで1番好きな歌声は痕跡。
私は男の人の声が苦手などですが、加工されていないニノの声って安心できて、つい聴き入ってしまいます。
さて、話を戻してAinoArikaのことを。
お話しようにもHey! Say! JUMPが歌っている本家を知らないので、どうにもこうにも考えられないのですけれども。
 
まずピアノの音が聴こえてきたときに、この曲私は好きだな、と思い、机にぺたっと伏せてスピーカーを近くに寄せました。
なにが違うのか、といわれれば、なにが違うのかわからない、というしかないのですが、スピーカーとの距離が短いと余計な音が耳に入ってこないような、そんな気がするのです。
イヤホンはなんとなくですが苦手なので、スピーカーを近くに寄せる派です。
Hey! Say! JUMPのファンの方には申し訳ないことに、歌を聴いても誰の曲なのかわからず、ニノがつくったのかな?なんて適当なことを思っていました。
最近のニノが歌ったソロは、こういったそのままの声のことがなかったので、翔くんのファンなのに、ドキドキしてしまいました。
ドキドキしちゃってなにがなんだかわからず聴いた1回目でしたが、歌詞のことばが綺麗だということはわかりました。
「忘れじの」という歌詞がありますが、百人一首からでしょうか。
私が小さい頃から百人一首に馴染んでいたのでぱっと浮かびました。
ニノの声が歌詞に寄り添っているようで、ついくっついていきそうになりました。
あぶないあぶない、私は翔くんが好きなの、となんとか思い直します。
それくらい心にしみる声です。
ニノの声って表情がたくさんあって、歌うときとお話するときと、そのなかでもいろいろな声があって。
ラジオのときのちょっと投げやりに聞こえないでもないような声も、アイドルのキラキラした声も、メンバーによって変わる声も、たくさんあるなかで今日はどんな声なのかな?って楽しみにしています。
AinoArikaも、ピアノではなかったらまったく違う雰囲気を持っていたのかもしれないですよね。
でもこの歌詞をニノの声がたどるのなら、ピアノがぴったりだったんだろうな、なんてことまで思ってしまいます。
「数多の」という歌い方が好きです。
角の立っていない声ですよね。
私の好きな歌声が溢れていて、私にとって大切な歌になりそうです。
 
この記事を書きながらなんどもニノがたどった歌詞のところを見ていて、「愛の在処ってどこなんだろうか」と不思議に思い、考えてみました。
私にとっての愛の在処は、翔くんを好きになったときの心かなって。
もちろん好きになったときの好きのほうがいまよりも大きかったとか、小さかったとか、そういったことではなくて。
その好きになったときの心があったから、いまも変わらず翔くんを好きなわけで。
あのときの目が離せなくなった感覚は、いまでも忘れられません。
愛の在処ってどこにでもあるものなのでしょうけれど、ここっていうピンポイントの場所があるわけではないのかなと思います。
君がそこに居ればいい
そんな当たり前のことを再確認しました。

似合わなくなったHip Pop Boogie

先日、ARASHI AROUND ASIA 2008 in TOKYOとアラフェス'13に収録されているHip Pop Boogieを発売順に観ていました。

連続して翔くんのソロの部分だけを観ていて、「2013年の翔くんには似合わないな」と感じました。
そうなると、なぜ私がそう感じたのか、その理由が気になりはじめます。
ということで、独断と偏見に満ちた分析をしていきます。
 

こんなゆっくりでいいなんて 〜 その先たとえ果てていたとしても

2013年の翔くんが歌うHip Pop Boogieは、穏やかです。
コンサートで歌っている時間や空間を楽しんでいることには変わりないのですが、2008年の翔くんは100%の確信を持ち合わせて立っているわけではないのだな、という印象を持ちました。
歌詞を書いてそれほど間がないのもあるのでしょうけど、2008年のほうが歌詞に忠実です。
「こんな景色まで見られるなんて」の部分で自分の周りの景色を見回したり。
歌詞の持つメッセージと翔くんの伝えたいことがぴったりとはまっているのは、2008年です。
 

What's going on? 〜 なんて僕らは見たくないんだい

曲の中でもひときわ目立つこの歌詞。
世間を敵に回しても不思議ではない言葉が並んでいます。
2008年は、そんなんでいいのかよという「挑発」
子供が「あんな大人にはなりたくないよね」というのに近いかと。
2013年は、どう思うかという「問いかけ」
曲を聴いた人に「あなたはどう感じましたか」と意見を求めるような姿勢です。
 

まいてた種たち咲いてく

2008年は、そういいながらも80%くらいの自信でその言葉を選んだんじゃないかな、と思うのです。
2013年は、そんな2008年の彼に伝えるかのようです。
「本当に咲いたよ」という、報告のよう。 
 

俺なら俺らなら きっと時代は手の中に

こちらも同様、80%が90%くらいには近づいたようです。
2008年は、自分に言い聞かせて。
2013年はファンに向けて。「きっと」という表現がありますが、2008年は「夢の夢」のような真っ暗闇の手探りでのきっと。
2013年は「夢」としてのきっと。俺らならいける気がする、と見通しが立ちはじめたかんじ。
 

まとめ

私は、翔くん自身の変化によって、似合わなくなったと感じたのでしょう。
最初の2つの歌詞は、Hip Pop Boogie Chapter Ⅱでの歌詞の更新があった部分でした。
翔くんは伝えたいことと合わなくなったと感じて、言葉を変えたのかもしれません。
こうやって一曲で歌っている人の変化も感じられるなんて、とても幸せなことです。
翔くんの基本的な考え方は変わっていないのだけれども、新しい世界を知って、時間が経って変化していく。
そしてそれを伝えてくれる翔くん。
2008年あたりは、気持ちが追いつかないときもあるほどに、長距離を50m走のスピードで駆け抜けていたのが、2013年あたりには、長距離をそこそこ速い人のペースで走り続けるように変わったような気がします。
そんなところも変化に関わっているのかなと。
ここまでいろいろと考えてきましたし、書いてきました。
要するに、きのうまでよりも翔くんのことが好きになったっていうことです。

櫻井翔とブログと私

2016年、突然はじまったこのブログ。1月1日だったらぴったりだったのに、なぜか3日からのスタートになりました。

 

思いを文章に

どうしても、嵐に対しての自分の気持ちを明確にしたかったから、はじめました。

文章にして人に見てもらう。人に見てもらうからこそ、わかりやすい表現にしたい。自分のこの気持ちに、ぴたりと狂いなくはまる言葉で書きたい。

そう思いました。

はじめてみると、それがどれだけ難しいことなのかということを、身をもって知りました。

私が「担降り」できない理由 - 赤一色

4日に書いたこの記事は、なんども表現を変えて、考え尽くしました。

もともとは、私の取っていたメモをまとめて書いたものでした。メモにしているだけだったときは、それだけで満足していました。

でも、実際にそれを記事にするとなって打ち込んでプレビューを見ると、思っていたものとまったく違うものでした。

「違う、そういうことを思っているんじゃない」

これほどまでに、自分にとって櫻井翔とはということと向きあったことがなかったです。

 

文章に思いを乗せる

もともと文章を書くことは好きで、自信のあることでした。それなのに、実際に書いてみたら、言葉をうまく使えていなかった。自分の思いを言葉に乗せることができないことに、ショックすら受けました。

でも、なぜだか私の中で、「絶対に気持ちとぴたりとはまる文章を書く! 」そんな気持ちが生まれました。

だからこのブログを書いています。

 

まとめ

はじめた数日間は、嵐のことしか書いていなかったのですが、最近は「私のお話」というカテゴリーの内容が増えました。

嵐や翔くんのことを書くというのは、私にとっては自分と向きあうことです。

中途半端な記事は書きたくない。

だから、かなり考えて書くことになります。

ひとまずメモにまとめて、文字を打っていくことが終わったら、そこからは考えてばかりです。

声に出して読んだり、日記を読み返してみたり。

雑誌を見たり、曲を聴いたり。

けっして、遊んでいるわけではありません。

いろいろと行動に変えてみます。

ブログの記事は、書きたいと思ったときに書いたことが、1番伝わるものになると思っています。

だからこそ、その時間のうちに満足のいくものを書き上げたいのです。

どうしてもまとまらないときは、保留にしますが、ほとんどは書き上げます。

そうして、私の気持ちはこうなんですと大声で言える記事になります。

自分と向きあったものだから、誇りに思います。

自分の言葉で自分の思いを発信するって、難しいことですけどね。

このブログを書いているのは、自分の思いに向きあいたいからなのかなと、思っています。

ジャニーズの結婚

私はジャニーズが結婚することに反対はしない。

私が知りたいと思うのは櫻井翔についてですから、「私は櫻井翔が結婚することに反対しない」というほうが合っているのかもしれません。
この内容は、数日前から結婚についての記事をあげようと思いながらも、何度書いてもまとまらない状態にありました。
「投稿しないままになるかもしれない」
そう思いながらも、どうしても書きたい内容だったので、メモを箇条書きにしてみました。
そうしたことで、とてもシンプルな結論に至りました。
 
なぜ反対しないのかというと、単純な話になります。
翔くんの選んだ道についていくと決めているからです。
ファンになりたての頃は、
「翔くんが誰かと結婚するなんてありえない。
そんなことは求めていない! 嫌だ!」
なんて思っていました。
だから、翔くんのファンの人がブログで「結婚して幸せになってほしい」と書いていることが本心からだなんて、信じていなかったのです。
そんなときにも、翔くんは幸せでいてほしいとは思っていました。
でも、翔くんがその人とふたりでいるところは、想像すらしたくなかったのです。
よくいう「みんなのアイドル」でいてほしいというわけです。
 

いてくれることが一番の幸せ

今だって、進んで「どうぞどうぞ」というわけではありません。
でも、翔くんが結婚についての話をすることが増えてきて、もしかしたら結婚を描いている人がいるのかもしれないと思うようになりました。
ほんとうのところは本人にしかわからないですけども。
その姿を観ても、いるかもわからない相手の人に嫉妬をするようなことも、なくなりました。
櫻井翔は決定的なスキャンダルというものは、これまで出たことがありません。
恋愛にしたって、真っすぐだと思っています。
普通の恋愛というのを望めないというのは、わかっています。
アイドルでいるために、無意識のうちだったかもしれないけれど、捨ててきたもののひとつに恋愛があったのかもしれません。
でも、翔くんには翔くんの道を進んでいてほしい。
私がそう言おうが言わまいが、自分の道を歩いていくと思います。
 
結婚しても、しなくても。
恋愛をしていても、していなくても。
翔くんがいてくれればそれでいい。